演歌みたいな人生

演歌みたいな人生
昔私は、演歌の歌詞みたいな人生を送るのだと思い込んでいた。
演歌の歌詞というのは、尽くして尽くして捨てられる女の話を指す。
あの人生の悲喜と、それに伴う醜悪な感情をありのまま包み隠さず歌い上げる演歌は、もっと世界にアピールしていくべき文化的資産だ。

という個人的な見解はよいとして、そんな思い込みの私の人生はこうだ。
まず、普通に生活していた女(私)が、ひょんなことからだらしがないダメ男と知り合って恋に落ちる。
ダメ男は借金があるのにろくに働かない。

仕方がないから、私が男の分の借金を返すために身を粉にして働き、家賃の安い繁華街のお店の裏の、ぼろぼろのアパートの二階で暮らす。
ちなみに窓を開けるとすぐネオンが見える。

そこにダメ男が転がり込んでくる。
そして、お金をしぼりとられた挙句捨てられる。
借金だけが残る。
という。

けれど、意外とそうではなかった。
実際私は今、安月給ながらも地道に働いている。

ダメ男にひっかかる気配はない。
何故なら私は人一倍慎重であるからだ。
それに、家も繁華街にはない。

だから今のところ、演歌ライフを送る予定はないのだけれども、昔からそういう類の日本映画や小説や演歌と触れ合ってきたからか、何故か私の脳内には、ビジュアルつきでこの画があるのだ。
きっとどうせどこかの映画の一コマなのだろうけれど、妙にリアルで心配だ。
まるで見てきたように。

だから、いつでもこの生活になる危険が潜在的にあるのだと解釈している。
それに、私は確実に尽くす女なのだ。
いまだかつてこの実力を発揮してはいないけれど、絶対にそうなのだ。
だから、せっかく演歌が与えてくれたシミュレーションの結果を無駄にせぬよう、堅実に生きていこうと考えている。

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